微分形式はベクトル解析を高次元へ一般化するために作りだされた幾何学的な量である。
そもそも、ベクトル解析とは何だったか。ベクトル解析は、ベクトル場についての微積分であった。スカラー場、つまり単なる関数についての微積分とは質的に異なっていた。そこには線積分や面積分があり、やといった微分があった。
スカラー場とベクトル場の根本的な違いは、前者が空間の各点に数を対応させるのに対して、後者はベクトルという一次元の「幾何学量」を対応させるという点である。このことから、ベクトル場の微積分は、それが空間の各点で持つ方向(と大きさ)に留意したものでなければならなかった。
スカラー場も、線積分や面積分が可能である。しかし一方でベクトル場は内積を通じて、空間の各点にあるベクトルという幾何学量と、積分すべき領域との関係値を抜き出すという作業を行うことで、積分を行った。つまり、積分値には積分される幾何学量の持つ方向に関する情報が反映されていた。また、ベクトル場の微分は、単に成分ごとに微分を行うということではなく、ストークスの定理が成立するようにその微分、つまりやを定義することによって定義された。
空間の各点にスカラーという0次元量があるか、それともベクトルという1次元量があるかによって、そこで行われる微積分には質的な差が生まれていたわけである。
スカラー関数の線積分は、その積分経路がどの点を通過するかしか情報を取り出せない。その点をどんな方向に通過するかは無視される。それは、スカラーが0次元の幾何学量であるためである。ベクトルという1次元の幾何学量があってはじめて、経路の方向という情報を加味した積分が可能となる。
しかし、我々はベクトルで止まる必要はない。空間の各点に2次元、3次元の量を割り当てることも可能である。例えば2次元の幾何学量が空間の各点に存在すれば、面積分が、その面がどんな方向を向いているかの情報を加味して可能となるはずだ。しかし、これまでベクトル解析、つまり1次元の幾何学量で満足していたのは、三次元空間においてはベクトル場が我々のニーズをすべて満たしてくれていたからである。問題はこれを高次元空間へ一般化するときに生じる。
3次元にはその次元特有の性質がある。面の「向き」を指定するために、その法線ベクトルを指定すれば良いのだ。実際、面という2次元の幾何学量に対して、空間が3次元であるから、2次元の向きを決定することは、残りの1次元の向きを決定することと同値となる。したがって、3次元で考える限り、面積分に2次元の幾何学量は不要である。したがって、ベクトル場の面積分が可能であった。しかし、例えば4次元空間において面積分を考える場合、もはや単に法線ベクトルを指定することは不可能である。したがって、ベクトル場を面積分することは(少なくとも3次元におけるベクトル解析の手法を用いる限り)不可能である。
高次元空間において、線積分(1次元)、面積分(2次元)、体積積分(3次元)を、その「向き」も加味して行うためには、対応した1次元、2次元、3次元……の幾何学量が必要である。1次元の幾何学量はベクトルである。それは矢印という直感的に分かりやすい描像を持っている。2次元の幾何学量にはベクトルのような特別な名前が無い。実態としては向きを持った面積素なのだが。高次元の幾何学量はまとめて微分形式と呼ばれる。
微分形式を用いた積分とは一体何か。ベクトル場の線積分を思い出すと、経路のベクトルとベクトル場の内積を取ることによってスカラーを生み出し、それを全経路で足し合わせることで線積分としていた。
数学においては、内積は付加構造と考えられるため、積分の一般論を展開する上で内積を前提とすることはしない。内積を前提とせずに微分形式の積分を考えるにはどうすればよいか。
要するに、与えられた経路の方向に対して数を割り当てる規則が存在すればよいのである。それを内積に限定する必要が無かった。そこで、1次元の幾何学量はベクトル1つに対してスカラーを対応させるものとする。2次元の幾何学量はベクトル2つ(それによって面が定まる)に対してスカラーを対応させるものとする。同様に次元の幾何学量はベクトル個に対してスカラーを一つ対応させるものとする。
そのような多次元の幾何学量、つまり微分形式が空間の各点に存在すれば、与えらえた経路(それが線でも、面でも、体積でも)に対して積分を実行することが可能となる。
ベクトルに対してスカラーを対応させるということは、ベクトルと同じ方向という幾何学的情報を持っていると考えられる。ベクトルの方向を測るためには、その装置自身が方向の情報を持っている必要がある(と直感的には思われる)。また、二つのベクトル、そしてそれによって張られる面積に対してスカラーを対応させる装置には、やはり面の向き情報がインプットされている必要があるはずだ。つまり、微分形式は次元の幾何学量にスカラーを対応させる装置として定義されるが、それは自身も幾何学量であることと表裏一体なのだ。ただ、積分を定義するためには幾何学量それ自身を相手にしてはスカラーが出てこないので、幾何学量にスカラーを対応させる装置として数学的には定義する必要があったというわけだ。この表裏一体性は、内積とそれによる双対を考えることではっきりと述べることができる。この辺りは双対空間の概念で整理される。
こうして微分形式という概念を用意すると、もはや我々は「ベクトル場を線積分する」とは考えないことになる。積分されるのは1次微分形式なのだ。ではベクトル場を線積分することは微分形式の枠組みでどう位置づけられるのか。これは内積を前提とすればはっきりする。ベクトルにスカラーを対応させる1次微分形式は、内積によって定まる双対ベクトルとして等価に表現することが可能となる。つまり、1次微分形式から、等価な幾何学的情報を持つベクトル場を生成することが可能となる。逆にベクトル場からも1次微分形式の生成が可能である。両者は内積を通して双対空間として結びついている。こうして、内積の存在を前提とすれば、1次微分形式の積分を古き良きベクトル場の積分とみなすことが可能となる。
ベクトル場の積分というのは、我々が高次元へのベクトル解析の拡張を行うために微分形式という概念を生み出す前の時代の考え方である。一旦微分形式によって整理されてしまえば、それは内積を前提とした1次微分形式の積分の書き換えという位置づけになるのである。
さて、ここまでは積分を中心に見てきたが、次に微分を考えてみる。
ベクトル解析において微分とは何だったか。やとは何だったのか。それはストークスの定理が成立するように規定されているというのが本質である。
微分形式の微分、つまり外微分も、拡張されたストークスの定理が成立するように定義される。この意味で定義される外微分は、もはや我々がスカラー関数について思い描く普通の微分とは趣が異なる。スカラー関数の微分は、いわゆる方向微分であり、ある方向への関数の変化率という意味があった。一方で微分形式の外微分は、ストークスの定理が成立するように定義されたものであり、単純にある方向への変化率という解釈が出来ない。
定義としてはストークスの定理が成立するように設定されるわけだが、その意味を見るためにより手続き的な面から眺めてみる。
例として2次の微分形式を考える。2次微分形式は空間の各点に測定装置を割り当てる。その測定装置は二つのベクトルを受け取ってスカラーを与えるようなものだ。別の言い方をすれば、2次微分形式は面積要素に対してスカラーを対応させる装置である。この2次微分形式の外微分とはどうやって計算されるか。結論から言えば、それは3次の微分形式である。つまり3本のベクトルに対してスカラーを与える。体積要素に対してスカラーを与えると言ってもいい。ここで問題になるのは、この3次微分形式が与えるスカラーがどんな意味を持つのか、特に元の2次微分形式とどんな関係にあるのかである。
体積要素を考えたとき、それが6つの面積要素で構成されていることに注意する。したがって、元の微分形式はそれぞれの面に対してスカラーを対応させることが可能である。ここで、この中で対となる面を組として扱うと、3つの組が出来るので、この3つ組に対して体積要素の外側を正として向き付け、与えられたスカラー値の差を取る。そして3つの組についてそれらを足し合わせることで、3次微分形式のスカラーが得られる。
同様にして一般の微分形式の外微分が計算できる。次の微分形式について言えば、次の体積要素を考える。この体積要素の境界は次の体積要素であるから、がスカラー値を与えられる。ここで、体積要素の内側から外側へ向かう方向を正として、対となるスカラー値の差を取り、それらを全ての面の組に対して足し合わせることで得られるスカラー値が、次の微分形式が次の体積要素に対して与えるスカラー値となる。
つまり、元の微分形式に対して1つ上の次元の体積要素を考え、その境界においてがどれだけ変化しているかを向き付きで総和を取ることで、のある意味での変化量を計算しているわけだ。ただしこの変化量は普通の微分のように、ある方向への変化というものではない。体積要素の境界上での変化、しかもその総和なのだ。
例えばがフラックス、つまり2次微分形式であれば、その外微分は体積要素に対してそこからどれだけフラックスが流出するか、つまり湧き出しということになる。1次微分形式なら、面積要素に対してその境界上でどれだけの「回転」があるのか、つまりになる。
このような「変化量」を用いるのは、最初に述べたようにストークスの定理を成立させるためである。したがって、本当の問題はなぜストークスの定理がそれほど重要かという点にある。
通常の微分、共変微分、外微分はどれも場を微分しているという点で共通である。つまり空間の各点に何かが配置されていて、その変化を計算する。通常の微分はスカラー関数を相手にしている。これは無限小近接した二点間における関数の値の変化を計算するものである。
共変微分は、変化の計算に困難が生じる。スカラーは空間のどこでも同じ価値を持つが、例えば接ベクトルはそうではない。二つの異なる点において接ベクトルの差を取ること、つまり変化を計算するためには、接続が存在しなければならない。ただし、アイデアとしては通常の微分と変わらない。「ある方向へどれだけの変化率を持つか」ということであり、変化は一次元的な点の移動によって引き起こされる。要は「前後」の変化だ。
一方で外微分は変化の引き起こし方が異なる。要するに、変化の意味が異なる。いうなれば、多次元的な変化を計算する。この違いというのは、扱っている概念の差とも言える。微分形式は高次の幾何学量に対する微積分を目的としていた。一方で共変微分が対象としているのは単なるベクトル場である。
前後の変化を計算する微分。しかし、そのために接続が必要なら共変微分。一方で、高次元の幾何学量の多次元的変化を計算する外微分といった区別になるだろうか。
ただし、共変微分と外微分が全く無関係というわけではない。外微分は前後の差を向き付きで足し合わせたものであるから、それを共変微分の組み合わせで表現できると考えられる。
ベクトルは積分の概念とは関係なく生まれた。微分形式は積分をどうやって高次元の空間で定義するかという方向で、ベクトルという幾何学量を一般化したものである。しかし、一旦微分形式が生まれると、それを積分とは無関係に取り扱うことも可能である。
数学者が微分形式を整理して分かったのは、四次元時空において電磁場を2次微分形式として定義すると非常に見通しがよくなるということだった。
微分形式は空間の各点でベクトルより複雑な情報を保持することが出来る。電磁場が2次微分形式として表現されるというのは、電場と磁場というベクトル場を2次微分形式として統合したものを電磁場とするということに他ならない。逆に、電磁気学が電場と磁場という二つのベクトル場によって表現されてきたのは、その時代の数学がベクトル解析という高々1次元の幾何学量しか取り扱えなかったからとも言えるかもしれない。
方向を決める代わりに、補空間を決定しても良い。これがホッジ双対の基本的なアイデアである。ホッジ双対で結びついた2つの幾何学量は、互いが他を決定するという意味で幾何学的には等価な情報を持つが、外微分に対する応答は異なる。外微分は空間の分割方法に依存して決まるからだ。
ホッジ双対とベクトル解析の演算子との関係は、ベクトル解析が強引にベクトルのみを用いて表していた微積分を微分形式のそれで表現したものと見ることが出来る。だからあまりその成立事由について考える意味はないかもしれない。微分形式側としては、ストークスの定理で話が尽きているのだから。この関係式は過去の不自由だった時代を振り返るという意味しかないかもしれない。
また、マクスウェル方程式を微分形式で表すことは、どのように電磁場を二次形式で定義するかにかかっている。電磁場をそう定義すると、電場と磁場の双対性が見通しよく表現できるということに過ぎない。もちろん、そのように簡潔に見通しよく表現できるのだから、何かあるのかもしれない。しかし電磁場の内容や外微分の抽象度を考えると、ここから深遠な意味を読み取るのは難しいと思われる。
数学的なよりテクニカルな話に踏み込もう。微分形式はベクトルに対してスカラーを対応させる装置だと述べたが、数学的には完全反対称テンソルというカテゴリに分類される。これらの要素について見ていこう。
完全反対称テンソルというのは、積分を成立させるための条件である。つまり、ベクトルによって作られる平行体について、その向きと体積のみを区別するという意味である。